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ライオンズクラブに入会した時から、ライオンズにNOはないということを言われて、それが身についてしまい会長を担当するに至って、会員の皆様の友情やお力添えのありがたさを本当に感じ得た一年6ヶ月でありました。
2000年1月の初例会に指名を受けてよリ、野沢幹事と共に、先輩会長、幹事経験者、理事会や執行部の皆様から何もわからぬ我々を指導いただき、曲りなりにもにも準備体制を整いえた思いで、7月の初例会を迎えたものであります。
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2000年度(2000.7.1〜2001.6.30)を振り返る時にいろいろな思いが去来するのですが、運営と事業の両面において、十二分であったとは言い得ないにしても、後悔のみ多い事例はなかったと信じたいと思います。
どの活動、どの会合、どのアクティビティでも、会員各位の熱心な取組みによって、より質の高いレベルめざす意欲があって、次への前向きな課題を生み出してくれました。
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さて、この一年における活動を、思い出すままに振り返ってみたいと思います。
アクティビティ事業においては、何といっても第18回市民チャリティコンサートに第14回ショパン国際ピアノコンクールの上位入賞者とワルシャワ国立フィルハーモニ管弦楽団を招き、12月8日の公演をまずまずの成功裡に実施されたことが第1番目に想起されます。
この事業の成功は、市川恵一相談役や草野武久コンサート委員長を中心とするコンサート委員会を軸に、全会員が厳しい事態に前向きに対応していただいた賜であります。
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当初は、上位入賞者として話題の候補者がいて彼が入れば
大きな話題を呼ぶとの期待がありましたが、二次予選までで残念な結果となり、やや前売り状況が厳しい事態だと言うことになりました。こんな状況に市川相談役が種々の対応を具体化すると共に、新聞社にも働きかけを強め、指定席を着実に埋めることが出来ました。
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