
| Arrival. | 名古屋空港 | |||
| August- 1 | ノートパソコンの打ち合わせ・着物の体験 | |||
| August- 2 | 陶芸教室・クーデンホーフ伯爵夫人ミツコの話 | |||
| August- 3 | (ドイツ語)オーストリアと日本の関係 | |||
| August-4 | コンサートへ招待(L.市川) | |||
| August-5 | 大学生との交流 (キャナリーローにて) | |||
| September-1 | 市川さんの食事への招待 (カルビ一番) | |||
| September-2 | 岡崎城と家康館 | |||
| September-3 | 奥殿陣屋 | |||
| September-4 | ランチ ・ 三河湾スカイライン | |||
| September-5 | ボーリング場 | |||
| September-6 | 竹島 ・ 海辺の文学博物館と蒲郡プリンスホテル | |||
| September-7 | 岡田宅にて | |||
| September-8 | 蒲郡海陽ヨットハ‐バー | |||
| September-9 | やきとり | |||
| September-10 |
手織り三河木綿展 高木先生(鷹ケ峰出身 同志社OG) |
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| September-11 | 竜城ライオンズクラブへメッセージが届きました | |||
| September-12 | 第692回例会へ訪問・バナー交換 | |||
| September-13 | 例会の後、会員とイオンショッピングセンターへ | |||
| September-14 | 妻籠宿へ(L..太田一正 L..市川) リンク妻籠宿 | |||
| September-15 | 中津川・湯船沢 | |||
| September-16 | 私の「やきもの」ができました | |||
| September-17 | ゲームセンターにて | |||
| September-18 | 三河湾クルージング(L..岡田洋一 他) | |||
| September-19 | 船を下りて海岸を散歩しました | |||
| September-20 | LCIF主催 「歓迎会」 レストラン六本木にて | |||
| September-21 | 同上 | |||
| September-22 | YAMASA言語文化研究所での勉強風景 | |||
| September-23 | 京都へついていきました 大原・同志社・大仙院etc | |||
| october-1 | 大学生とのお別れ会 | |||
| october-2 | こうむらにて茶道の経験 (L..甲村) リンク 裏千家 | |||
| october-3 | 寮の風景 「岡崎の滞在を終えて」 | |||
| october-4 | 「旅立ちの朝」 寮(ヤマサビレッジ)のまえで | |||
| october-5 | 岡崎駅でさようなら | |||
| october-6 | 新安城 新幹線のホームにて | |||
| october-7 | 終 章 | |||
| NAVIGATION | ||||
| M A P | ||||
| http://www.sol.at/lcstjohann | ||||
| )http://www.sol.at/lcstjohann/10intern/start1/default1.htm | ||||
| BBS | ||||
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突然に飛び込んだEメールから、情報テクノロジー・LCIF・教育の各委員会が
機能的に連携して、このホームページができました。
当初は、留学生の依頼に対しどうするか暗中模索の状態でしたが、
「岡崎滞在中の様子をオーストリアへ伝えてあげよう」ということが、
結果としてこのホームページとなりました。
委員会や各メンバーおよび役員との連携が素晴らしい結果をもたらしたと思います。
間接的にはオーストリアのみならずドイツ、クロアチアのライオンズクラブとも
交流できたわけです。
オーストリアと日本の関係は、明治時代の草創期にオーストリア大使として着任していたリヒャルト・クーデンホーフ伯爵が日本人の妻ミツコを連れてオーストリアに帰った事が交流の初めとされています。昭憲皇太后拝謁の上、許されて海外へ渡ったミツコは著名な女性としてオーストリアでも活躍しました。その子息のクーデンホーフ伯爵は、現在のEU、統合ヨーロッパの思想を唱えた人であり、また、妹のアヨマ・クーデンホーフは著名な知識人であります。ミツコの名は広くヨーロッパに知られ、フランス・ゲラン社の香水「ミツコ」となり今も有名であります。前者は第1次世界大戦をへて国土割譲を余儀なくされたのち永世中立国となり、わが国は第2次世界大戦を経て民主主義を基調とする世界第2の経済大国と成長しました。
ともに歴史と伝統に育まれた堅実な国民性といわれます。
今回の経験をもって集約すれば、即応性を持ってEメールの依頼に対処できた事、依頼者の身元調査に関してヤマサのデータベースが明確であった事、そして、善意のクラブメンバーが機能的に連携したことがあげられます。
世界同時進行の、情報科学技術革命の中、世界の5極といわれる、米、中、露、欧、日の1極として、技術とパワーそして善意と行動力を持って国際交流にライオンズ精神を鼓舞することができたと思います。予期しない事態にメンバーが協力して対応しあえた事が、
We Serve !の実感であります。
